行政書士に遺産分割協議書作成を依頼するときの利益相反リスク
遺産分割協議において、相続人全員から一人の相続人(または第三者)に、遺産分割協議に関する交渉や合意の権限を与える委任状が交付された場合、それだけをもって直ちに利益相反行為になるとは限りませんが、注意が必要です。
利益相反行為となる可能性があるケース
利益相反(りえきそうはん)行為とは、代理人が本人(委任者)の利益と相反する行為をすることを指します。遺産分割協議では、各相続人は自分の取り分を最大限にしたいと考えるため、基本的に利害が対立しています。
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未成年者とその親権者(法定代理人)が共同相続人である場合
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これは最も典型的な利益相反行為に該当します。親権者が未成年者の代理人として遺産分割協議に参加すると、親自身の取り分を増やすために未成年者の取り分を減らすおそれがあるためです。
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なぜ利益相反になるのか?
想像してみてください。親権者は、自分の取り分と子の取り分を決めなければなりません。
親権者は、自分の利益(多く財産を得たい)と、子の利益(多く財産を得させてあげたい)という、相反する二つの目的を一つの頭で判断しなければなりません。
この状況では、親がどうしても自分の利益を優先してしまい、未成年者の子の権利が不当に侵害される危険性が極めて高いと法律は考えます。
もし親権者が「子の取り分を多くする」と決めれば、親自身の取り分は減ってしまいます。逆に、親権者が「自分の取り分を多くする」と決めれば、それは子の不利益になります。この場合、親権者は子の代理人になれず、家庭裁判所に特別代理人の選任を請求しなければなりません。
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成年被後見人と成年後見人が共同相続人である場合
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これも利益相反行為となるため、成年後見人は被後見人の代理人にはなれず、特別代理人または後見監督人が代理することになります。
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一人の相続人が、他の複数の相続人全員の代理人となり、遺産分割協議を合意まで進める場合
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形式上は委任状により代理権を与えられていますが、代理人である相続人は、自分自身の利益と、他の相続人全員の利益(それぞれ異なる利害を持つ)を調整するという、非常に困難な状況に置かれます。
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代理人である相続人が、他の相続人たちの取り分について自己に有利な内容で合意を成立させた場合などは、実質的に利益相反の疑いが生じ、後に委任者である他の相続人から無効を主張されるリスクがあります。
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利益相反行為となりにくいケース
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単なる「連絡」「情報収集」「書類の受領」などの事務的な行為を委任する場合。
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合意内容が確定しており、その確定した内容を遺産分割協議書に落とし込む、署名押印するといった形式的な行為のみを委任する場合。
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専門家に委任し、かつその専門家がすべての相続人に対し中立的な立場で職務を遂行する場合(ただし、この場合でも専門家は利益相反の可能性について依頼者に説明し、理解を得るのが一般的です)。
重要なポイント
遺産分割協議の委任状は、誰が誰に、何を委任するかの内容が重要です。
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単に登記手続きなど遺産分割協議後の手続きを委任するだけであれば、通常は問題ありません。
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遺産分割の内容を決める行為(交渉・合意)を委任する場合、特に一人の相続人が他の相続人全員を代理するときは、利益相反のリスクを避けるため、委任状には具体的な分割方法が明記されている、または事前にその内容について委任者全員が了解していることが非常に重要です。
既に相続人全員の合意が成立している場合は、行政書士に依頼しても利益相反の問題は生じません。
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行政書士は、その合意内容を正確に反映した遺産分割協議書を作成するという、事務的な業務を行うことができます。
委任する上での注意点
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相続人全員が個々に行政書士と委任契約を結び、遺産分割協議書の作成を依頼することは問題ありませんが、以下の点にご注意ください。既に合意が成立しているため、行政書士に依頼することで、煩雑な書類作成や戸籍収集などを円滑かつ正確に進めることができるメリットがあります。
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争いがない(紛争性がない):
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既に全員が「誰がどの財産を相続するか」で合意しているため、行政書士が特定の相続人に有利になるような交渉や調整を行う余地がありません。
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行政書士の役割は、合意内容を文書化するという中立的なものです。
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業務範囲内である:
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行政書士の業務は、権利義務または事実証明に関する書類を作成することです。
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遺産分割協議書は、まさにこの権利義務に関する書類に該当するため、行政書士の正当な業務範囲内となります。
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登記手続きは別途必要: 不動産(土地や建物)が含まれている場合、遺産分割協議書に基づいて名義変更(相続登記)を行う必要がありますが、これは司法書士の独占業務です。行政書士は登記手続きの代理はできません。
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税務申告は税理士へ: 相続税の申告が必要な場合、これは税理士の独占業務です。
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内容の変更は不可: 契約後に相続人間で「やっぱりこの分割方法を変えたい」といった意見の対立が生じた場合、行政書士はその後の交渉や仲介には関与できません。その時点で紛争性が発生したとみなされ、弁護士に相談し直す必要があります。
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遺産分割協議は、ご家族の想いを形にする大切な手続きです。合意が成立している状況であれば、行政書士が中立的かつ正確に「遺産分割協議書」を作成することで、後の手続きをスムーズかつ確実に進めることができます。ご心配な点や複雑な相続関係がある場合は、ぜひ一度ご相談ください。